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「恋愛学」とは何か?


「恋愛学」とは、人間(ホモサピエンス)の恋愛を科学的に研究する学問を指す造語である。科学的でないのに「恋愛学」を名乗る者がいるが、明確な線引きが必要であろう。
人間の恋愛感情、恋愛に関する男女の意思決定の科学的研究は21世紀に入ってから特に盛んに行われるようになってきたが、その中でも進化論的アプローチ、つまり進化生物学や進化心理学の分野が先駆的役割を果たしてきた。このような分野では、根源的メカニズムとしての恋愛および配偶者選択をテーマにし、主に五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)によって男女が惹かれ合う過程の研究を行っている。
近年では、「恋愛学」は社会科学の分野にも拡大し学際的になりつつあり、例えば、恋愛を自分の資産価値に基づいた物々交換としてとらえ市場経済メカニズムの見地から分析する経済学・経営学的アプローチや、昨今の出生率の低下・少子化問題の原因としての恋愛や結婚を研究する社会学的・政治学的アプローチが成果をあげている。このような社会科学者の中には、相思相愛になる過程を意思決定プロセスとしてとらえることによって意思決定理論を恋愛に応用する学者も散見されはじめている。

●「進化生物学」的アプローチ

このアプローチの前提は、ヒトは、オスとメスが繁殖行為を行い、子孫をつくって、次世代に遺伝子を受け継ぐような仕組みを持つ有性生殖の動物であるとの考え方である。1 子どもをつくるためには、男性の場合、普段排泄用に用いられている性器が勃起して、性行為できるようにしなければならないし、女性も性器を性行為にふさわしい機能に短期的に変換させる必要があるが、この意味において、恋愛感情とは「オスの精子とメスの卵子を結合させて子どもをつくらせるために、進化の過程でつくり出された情動の一つ」と定義することができる。
恋愛感情は、多幸感、高揚感、強迫性などを伴い、互いがこの感情を抱いた場合は、男女の相互保有関係を円滑にさせる作用があるが、相手の価値について非合理的な過大評価をさせる原因となる。ヒトの社会が高度化し、長寿化する以前は進化的な合理性があったと思われるが、男女間の長期的な関係が必要とされる現代社会においては、お互いの価値算定を誤らせるという否定的な側面が大きくなってきていて、適応齟齬の一つと考えることができる。2
つまり「恋愛感情」とは相手に対する幻想を与える機能を持つ感情で、相手を実際以上に見せてしまう感情ととらえることができる。例えば、3億円の価値がある異性に恋愛感情を抱くと5億円にも10億円にも見えてしまうということになり、だからこそ結婚したいと真剣に思うようになる。これを「恋愛バブル現象」と呼んでいる。
しかし、いったん手に入れて(長期)保有した後に恋愛熱が冷めると、次第に3億円と いう本来価値に収束してゆくが、恋愛の賞味期限はだいたい1年半〜2年との説が有力で ある。3 3 5億円に見えたから買ったのに、それが3億円だと分かると2億円損したと感じる、これが結婚後に恋愛感情が冷めたときの心理と言える。
この進化論的アプローチの特徴は、現代社会の恋愛現象をとらえようとする「至近メカニズム」と、遺伝子レベルにさかのぼって考察する「根源的メカニズム」との両者を常に念頭において探求する点である。

●「市場経済メカニズム」的アプローチ

経済学や経営学が用いる「市場経済メカニズム」的アプローチは、人間を一つの商品ととらえながら、相思相愛を商品の売買と同じ仕組みと考え、互いを相互保有することを恋愛、結婚、浮気と定義している。誰でも、自分をなるべく高く売りたいし、相手をなるべく安く買いたいというのが根源的欲求で、その売り買いの算定基準になるのが、自分の資産価値ということになるが、一般の経済市場では、経済的資源を持つ消費者はより高く質の良い商品を買うことができるのと同じように、恋愛市場でも、資源を多く持つ魅力的な人ほど、より質の高い異性を獲得することができることになる。4 魅力的な男性には魅力的な女性が、それなりの男性にはそれなりの女性が、というのが恋愛市場のルールである。男女が行き着く先が等価交換であり、この傾向は「恋愛均衡説」と呼ばれている。5すべ ての参加者が完全情報を持ち、流動性の高い効率的な市場では、お互いの魅力度に応じて、だいたい釣り合うようになるのが原則である。
男女間の売買は、中期保有の「恋愛市場」、長期保有を原則とする「結婚市場」、さらには短期保有の「浮気市場」の3つの市場で行われていると考える。6 3つの市場では、関係を築こうとする「買い」、いったん築かれた関係が継続していることを意味する「保有」、および関係を解消する「売り」の3形態を時間的に経るのが常態である。各々の市場では、男女ともに異性から求められる資質が大きく異なることが分かっていて、原則的に保有期待期間が短いほど視覚的魅力を重視する傾向がある。
この分野には、恋愛市場で自分を売り込むマーケティング戦略・広告戦略も含まれる。特に男性が女性をくどく時に用いる戦略(例えば、おまけ戦略、ダブルバインド)は、恋愛下手な男性にとって学ぶべきものが多いかもしれない。7

●「社会学・政治学」的アプローチ

社会科学、特に社会学や政治学がしばしば取り扱う人口動態、結婚・離婚、少子化問題等のテーマも「恋愛学」の範疇(はんちゅう)に入る。例えば、国立社会保障・人口問題研究所は毎年さまざまな恋愛や結婚に関する調査を行っているが、これらは「恋愛学」の研究者にとって秀逸であり、参考にすべきデータを提供している。一例を挙げると、配偶者と出会った年齢に関する全国調査「出生動向基本調査」がある。

この調査によると、女性が配偶者の男性と出会うピークは18歳から急激に上昇して24歳まで続くが、その後は徐々に減少してゆく。他方、男性の場合は22歳から26歳ま でがピークであるが、その曲線は緩やかで幅広い。女性にとっての出会いの勝負は、高校 を卒業した後から24歳くらいまでと言えるかもしれず、このような傾向を知っておくと、「効率的」な恋愛に役立つかもしれない。
なお、自分は政治学者であるが、少子化現象の原因究明とその解決策について、恋愛学の立場から提言を行っていることを付記する。

1.「有性生殖」が誕生したのは 12 億年前。有性生殖のオスとメスを惹き合わせる「恋愛」メカニズムも 12 億年前に誕生したと言える。ヒトの恋愛も繁殖メカニズムの一つに過ぎない。
2.「適応齟齬」とは、狩猟採集時代の遺伝子を引きずるヒトの遺伝子が、高度に産業化された現代社会になじめないギャップを言う。
3. ラトガー大学のヘレン・フィッシャーによれば4〜5年としている。
4.「資産価値」とは、恋愛学においては、顔や体形といった見かけ、体臭、ユーモアの有無といった五感的魅力に加えて、収入、社会的地位等の社会的条件が資産価値の構成要素である。
5. 一般的には、「男の年収と女の見かけは均衡する」と言われているが、データ的根拠はない。この仮説を覆す根拠も存在しない。
6.日本における最も活発な市場は、人数的にも金銭的にも短期的関係の「浮気市場」であるが、秘匿が原則であることから、最も研究が遅れている分野でもある。
7.「おまけ戦略」とは、おまけを付加することによって、デートへのインセンティブを高める方法である。(例)「ワールドカップ予選のチケットが2枚手に入ったんですが、一緒にどうですか?」 他方、「ダブルバインド」とは、相手に2つの選択肢しか与えない方法で、ノーと言わせないことに定評がある戦略。(例)「西麻布のフレンチと代官山のイタリアンではどちらが良いですか?」