「進化政治学」とは何か?

 

(『年報政治学』 2008-II 217~236頁、2008年12月)

 

 

早稲田大学 国際教養学部教授

森川友義

 

1.              はじめに

 

本稿は、現在欧米政治学界を中心として隆盛しつつある分析アプローチの一つである「進化政治学」について、その現状を把握し政治学への貢献の可能性について言及するものである。進化政治学を一言で言えば、進化学の政治学への応用ととらえることができるが、その全体像を知る文献は少なく、何をどこまで明らかにする分野なのかも進化政治学者によって様々である。本稿は、進化政治学の誕生初期から携わってきた一人として、進化政治学が生まれた経緯から現在までの理論的支柱、アプローチの可能性と問題点について検討することを目的としている。

戦後、政治学は、社会科学の一分野として他の学問領域から多大な影響を受けて発展してきたが、今般の進化学の政治学に対する適用も、過去の歴史的叙述的手法、行動論主義的なデータ解析方法、公共選択理論的・ゲーム理論的手法等が政治学に影響を与えたものと同程度になる可能性を秘めているアプローチかもしれない。特に、他の社会科学分野では「進化心理学」、「進化人類学」等といったように、進化学を組み込んだ分野が発展しつつあり、且つその専門領域が既存の学問に多大な影響を与えていることから、政治学の分野においても進化学を適用し、より一層の発展を遂げることも可能である。

本稿では、まず「進化政治学とは何か?」について言及し、そのアプローチを概観する。次に、進化政治学が萌芽期を脱し拡大しつつあるにしても、政治学のどの分野にどのような形で貢献しているのかについて検討する。最後に現状から考えられる将来の展望および問題点についても指摘する。

 

2.              「進化政治学」とそのアプローチ

 

「進化政治学」とは、1980年代に米国政治学界において萌芽し、その後、徐々に発展しつつある政治学の一分野で、英語表記では「Neuro-politics」・「Biopolitics」(『政治と生命科学の学会』)、「Evolutionary approaches to political psychology」(Sidanius & Kurzban、2003年)、「Evolutionary Theory of Political Behavior」(Alford and Hibbing、2004年)、「Sociogenomics」(Carmen、2006年)といった形で学者によってさまざまに表現されているが、進化論的な考え方を根本的に内在させているという点では一致している。それらを総合させ、かつ一部の政治学者で用いられつつある用語として、ここでは「進化政治学」(Evolutionary Political Science)という言葉を使うことにする。[i]

この進化政治学のルーツは、アリストテレスまでさかのぼることはできるものの、理論的に体系化したという点ではダーウィンの『種の起源』(1859年)等によって明らかにされた進化過程である。この考え方の政治学への応用は、シダニウスとクズバンが指摘するように、進化人類学、進化社会学、進化心理学、進化経済学等の社会科学の分野に波及していったのと軌を一にしているが、実際には、進化政治学は、ネオダーウィニズムという形で先駆的に数多くの仮説を提出してきた進化生物学、「進化的に安定な戦略」(Evolutionarily Stable Strategy)を模索したM. スミスを先駆とする進化ゲーム理論、また1980年代からJ. トゥービー、T. コスミディス、D. バス、J. バーコウらを中心とし、個人あるいは集団内の意思決定を分析してきた進化心理学を通じて、学際的な迂回を行いながら発展してきている学問であると言えるだろう。また、進化政治学者が主に論文を発表する政治学会では、進化生物学や進化心理学のバックグランドを持つ学者も多いのではあるが、公共選択理論あるいはゲーム理論のバックグランドを持つ学者も少なくなく、これは従来の手法では収まりきれない政治現象に対して方法論を模索した結果、進化論的な考え方にたどり着いたということのようである。[ii]

進化政治学のアプローチとは、政治学が扱う変数あるいはテーマに対して、進化論的な考え方を適用し、現在の政治的な現象のルーツ(遺伝子を含む)はどこにあるのかを究明しながら、仮説の構築・検証を行うものであるところ、このアプローチの前提となっている点は次の3つである。

①       ヒトの遺伝子は突然変異を通じた進化によってもたらされたもので、かかる遺伝子は政治分野の意思決定過程において影響を与えている。

②       限られた資源である食料と異性を獲得することは人間の根源的欲求であり、その欲求にかかわる問題一つ一つを解決するために自然選択と性選択を通じて脳が進化した。

③       現在のヒトの遺伝子は、少なくとも最後の氷河期を経験した遺伝子とほとんど変わっていないという事実に基づき、現在の政治現象は、狩猟採集時代の行動形態から説明されなければならない。

上記については若干の説明が必要である。まず、①のヒトの進化過程と先天的変数の重要性である。人類がサルと枝分かれし直立二足歩行し始めたのが7百万年~1千万年前と言われているが、その後自然選択と性選択によって進化が繰り返され、われわれホモ・サピエンスはおおよそ20数万年前にアフリカで誕生したことが分かっている。遺伝子が突然変異を起こし、与えられた環境に最適な遺伝子が種全体に広がってゆく過程を進化と呼んでいるが、脳を含むすべての身体構造のみならず、喜怒哀楽等の情動、更に言えば、その情動と密接にかかわるホルモンや神経伝達物質も進化の過程で作り出されてきたということである。

進化政治学者は、このような根源的な遺伝子レベルの変数が政治の分野における意思決定に影響を与えていると主張している。政治学以外の分野では先天か後天かという問題は重要な視座として研究が行われてきたが、政治学の分野でも後天的変数、たとえば教育程度、経済力、社会的地位等のみならず、後述するように遺伝子レベルの先天的要因、たとえばテストステロンといったホルモン、あるいはドーパミンなどの神経伝達物質の多寡といった内分泌学的変数が政治的意思決定に影響を与えるものと考えている。

第二に、脳の進化には、生存をおびやかす問題解決のために進化が生じたという点、つまり「モジュール」という考え方が必要である。環境が変化して新たに引き起こされる「特定の問題」(special task)を解決するために進化が生じるが、脳の進化も、その他の身体の部分と同じように、環境の変化によって引きおこされたものと考えている(Tooby & Cosmides, 1992年)。つまり、脳は政治問題すべてを解決できるほどには万能ではなく、個別の問題に対して試行錯誤しつつ「最大化」というより「満足化」のプロセスを踏まざるを得ないということ、また、脳の進化を知るためには、人類が直面した問題は何だったのか、その問題を解決するためには、脳のどの部分がなぜ巨大化する必要があったのか、等を考えることが必要であるとしている。[iii]

「特定の問題を解決する」という点をもう少し詳しく述べると、われわれの脳は「一般的な問題」を解決するために進化したわけではないということである。遅くとも7百万年前、それまで居住していた環境の悪化により、一部の類人猿は森林からサバンナに押し出されてゆくが、そこで直面した問題は、外的に襲われた時の逃げ場所がない、直射日光による体温の上昇、新たな食料の獲得の必要性等、多岐にわたったことが推測される。その一つ一つの問題に対応する必要性に迫られたのであって、環境の劇的変化と一括りされるような全体的な問題に対応するために進化したのではない。つまり、ヒトの脳は決して万能ではなく、特定の問題を解決するための「モジュール」を作り出しているに過ぎないのである。

たとえば心理学では広く知られているような「裏切り者検知(cheater detection)」モジュールといったように、人間が自己の存在を脅かす問題とは何か(裏切り者検知モジュールの場合は、うそをつかれて信じた場合に失う資源が多大で死活問題であるということ)という現状認識をし、それを解決するために最低限必要かつ有効な選択肢を選択する意思決定を行うように脳が進化してきた。[iv] したがって、われわれの政治行動は、脳に局在している特定のモジュールに沿って反応し行動に移されるということであり、政治行動を含む人間の行動は、脳の働きを理解することが不可欠である点、更には、脳へのインプットから行動に至る、各々のホルモン・神経伝達物質、特定の情動・感情等のメカニズムについて分析する必要があることを示唆するものである。[v]

第三は、進化政治学の方法論にかかわる点である。政治学が政治科学と呼ばれてから数々の仮説を生み出してきたが、それらのほとんどは、長くても数十年単位の政治現象のデータあるいは観察に基づく仮説である。しかしながら、進化政治学者は、狩猟採集時代の行動形態とそれらの仮説の整合性についても検証しなければならないと主張する。

進化の速度は環境の変化の速度に比べて非常に遅く、生物学者の間では、最後の氷河期が終わった約1万年前の遺伝子と現在の遺伝子とはほぼ同じであるとのコンセンサスがある。これは狩猟採集時代に最適になるように進化してきたヒトの遺伝子が、18世紀の産業革命以降急激に且つ高度に工業化された経済や社会・政治システムとの間に、適応齟齬(mismatch)をきたしている可能性があることを意味している。

上記を方法論的に言えば、現代に生きるわれわれの行動(政治行動を含む)に関する仮説は「至近メカニズム」(“proximate mechanism”と呼んでいる)によって生み出されるものであるが、それらは、進化過程との整合性を問う「根源的メカニズム」(“ultimate mechanism”)によって裏づけされなければならない。[vi]

この点を、しばしば引き合いに出される「囚人のジレンマ」を用いて具体的に説明する。ゲーム理論的な前提条件では、① 自己目標を設定し、② あらゆる選択肢における損得を計算し、③ その中で自己利益を最大化するものを合理的に選ぶ、ということになっている。したがって囚人のジレンマ的状況ではプレイヤーは各自の最良の選択の結果として「非協力」を選ぶため、集団としては決して望まない均衡点が生まれるとしている。その結果、グループ全体の最良の選択(公共財の創出と享受)とは乖離するため、それこそがジレンマであると教えるのが一般的である。

しかしながら被験者が参加する囚人のジレンマの実験では、全被験者のうち20%~50%が「協力」を選択している。[vii]  ゲーム理論的な前提条件では「協力」を選択する被験者は、非合理的な人間あるいはゲームの構造を理解することができない人間と捉え、実験のノイズとして退けされてしまうのが通常であったが、進化政治学では、このような被験者を非合理的な人間あるいはノイズとして扱うことはしない。手法としては、まず至近メカニズムとして、20~50%の被験者が協力を選択したという事実を受け入れることから始める。人間を利己的な動物として規定し、演繹的な論理に基づいた数学上の均衡点は考えられるかもしれないが、実際には均衡点が必ずしも存在しないという事実を認めなければならない、としている。次に問わなければならない「根源的メカニズム」としての問題は、なぜ被験者が、自己犠牲を伴う「協力」という選択肢を選ぶかという事実を、狩猟採集時代における行動形態にさかのぼって分析するということである。[viii] 進化政治学者は、ホモ・サピエンスはゲーム理論が前提としているようなホモ・エコノミカス的な単純化した考え方は、根源的メカニズムに照らして考えると、必ずしも妥当性を得るものではないと提唱している。この点については次項において詳述する。

 

3.              進化政治学からの問題提起と仮説

 

戦後の政治学を巨視的に見ると、大きなパラダイムシフトが行われる時には、必ず方法論の是非が最初に検討されてきた。仮説を提示する場合の前提条件の可否、たとえば1950年代から隆盛する行動論主義の場合は、システム分析や帰納的分析手法、50年代に萌芽し80年代後半から急激に拡大した公共選択理論では、演繹的手法とそれに伴う前提条件が最初に問われた。[ix]

進化政治学の政治学における現状もその手順を踏んでいて、現在は、方法論の是非に多くの議論が集中している段階である。しかしながら、米国政治学会誌(American Political Science Review、以後APSR誌)等においては、進化政治学の領域に抵触する論文も徐々に散見され始めていて、ある一定の普遍性を持つ仮説も生まれつつあり、政治学上の仮説や前提条件に影響を与えて始めている。この項では、進化政治学の実態に迫る目的で、特に重要な3つの点を検討することにする。その3つとは(1)意思決定と利他行動、(2)政治行動と先天性、(3)紛争と根源的メカニズムである。

 

3-1 意思決定と利他行動

 

政治学では、他の社会科学の分野と同じように、意思決定は重要な独立変数であり、それと同時に重要な従属変数である。有権者による投票行動、立法府による立法、行政府による政策執行、ひいては地球環境問題等、為政者や有権者の意思決定はさまざまな政治現象として表出している。前述したように、公共選択理論が政治学の分野で浸透していく過程で「ヒトは個人の利益を追求する利己的な動物である」との前提条件を受け入れて、演繹的に仮説を立ててきた経緯がある。

進化政治学者の主張の中で、人間の意思決定過程は、利己的で効用の最大化を行う、と単純化できるのかと疑義を唱えている点が最も重要である。この前提条件の疑義を集約すると次の2点となる。

第一に、従来の意思決定理論は人間の意思決定能力が静的且つ後天的であると捉えてきたが、進化学の立場からすれば、人間の意思決定能力も世代を通じて進化しその能力に個人差が存在すると考えることの方が自然である。人間を取り巻く資源(例えば食料、異性)が有限である以上、生存競争が行われるのが必然であり、その生存競争の結果、個体間に意思決定能力に差異が生じていると考える。この点ゲーム理論や数学的アプローチは驚くほど単純化している。多くの場合、あたかもすべての個人は、数学的素養を、数学的論文を執筆している学者と同じくらい持っている前提で、均衡点、戦略といった用語を用いて分析しているが、実際にはわれわれが物事を戦略的に考えことは稀であるし、戦略的に考えたとしても、数学者の公式に当てはまるように、完璧な計算に基づいて完璧な行動をとることはない。

第二に、多くの進化政治学者は、公共選択理論学者が主張とは異なって、遺伝子レベルにおいて、人間は必ずしも利己的ではない、との見解を持っている。根源的メカニズムから考察すると、ホモ・サピエンスが誕生した当時の狩猟採集時代では、人間は血縁に基づいて多くても数十人程度の集団を形成することによって、限られた資源を獲得していた。ハミルトン(1964年)の血縁選択説が示すように、集団内で自分の遺伝子を共有する相手に対しては利他行動を行う可能性が高い。自己利益を追求するということは、自分の遺伝子の利益を追求することであり、その遺伝子を共有する他人に対して利他的になることも状況によっては可能なのである。「2人の兄弟か、8人の従兄弟のためなら、いつでも命を投げ出せる用意がある」という遺伝学者ホールデンの言葉が示すように、血縁関係に基づいた集団的生活パターンから、進化過程において「信頼しあう遺伝子」(最近の研究では、後述するように、セロトニン、ヴァソプレッシン、ドーパミンである可能性が高い)が組み込まれてきたとしても不思議ではあるまい。したがって、人間はこのような利他行動を要求されるような状況では、一回限りの見ず知らずの他人との「囚人のジレンマ」のような状況であっても、利他行動をうながす情動・感情・ホルモン・神経伝達物資の表出 → 利他的な行動の選択、という比較的単純なアルゴリズムが作動することになる。[x]

オーベルらのグループはAPSR誌(Orbell et al., 2004年、Morikawa et al., 1995年)において、相手の心を読む「政治脳」あるいはバーンら(1988年、1997年)が使う「マキャベリ的知能」が、利他的な遺伝子を生じさせるのではないかという点についてコンピューター・シミュレーションを用いて検討している。「政治脳」とは、人間関係において自己利益を追求し、その結果生存競争に勝つための能力であり、たとえば自分を実力以上に見せ相手を威嚇する能力(及びその威嚇を見抜く能力)、嘘をつく能力(及びその嘘を見抜く能力、更には嘘を見抜かれた後再び上手な嘘をつく能力)、誰を信頼すべきかといった選択・洞察力(及びその信頼又は不信を予見し行動をとる能力)等から構成されるもの、と定義されている。本来ならば「政治脳」と利他行動とは相容れない関係にあると考えられるものであるが、シミュレーションから、両者がむしろ補完しあう関係であり、「政治脳」が発達する過程において、相手のうそを見抜く能力がうそをつく能力を上回るといった条件等が整えば、利他的な行動をとらせる遺伝子が組み込まれる可能性が高いことを確認した。また、いったんそのような遺伝子が組み込まれると、人間は血縁関係がない相手に対しても、自己犠牲が可能な動物であることも確認している。[xi]

人間が必ずしも利己的ではないという点についてもう一つ例を挙げれば、近年注目をあつめている「最後通牒ゲーム」(Ultimatum game)によって得られた実験結果である。[xii] このゲームは2人組の被験者によって行われる実験で、次の手順を踏む。

①       一方のAが提案者、他方のBがAの提案に対する受諾または拒否する受け手である。

②       提案者Aは、事前に与えられた金銭的元手(たとえば一万円)を、AとBの間にどのように分配するかを決定する権限を持つ。Bはその分配金額に対して受諾あるいは拒否する権限を持つ。

人間の利己性という立場に立てば、予想される実験結果は明白である。Aは9,999円を自分に、1円をBに提案するのであって、Aの提案を踏まえてBとしての選択肢は1円の受け取りを受諾するか、拒否して1円ももらえないのかの2つであるので、もしBが利己的と考えるならば、1円を受け取るのが予想される結果である。しかしながら、現在までさまざまな研究者(グースらのグループ、カメレールらのグループ等)がこの実験を行い数々の論文が出されているが、それらを要約すると、提案者はだいたい40~50%前後の提案を行うのが通常で、受け手の方も20%以下の提案に対しては拒否している。[xiii] これらの実験が示唆するところは、人間は自分の利益を最大化する動物ではなく、相手の心を読みながら、両者にとってどのような形が「公正」なのかを考えることができる動物ということである。もし、上記が示すとおり、人間の意思決定が、必ずしも利己的ではなく、利他的になることもあり、お互いに公正であろうとするならば、公共選択理論やゲーム理論の前提条件は根本的に考え直さなければならないことになる。

 

3-2 民主主義と先天性

 

進化政治学の観点から、現在最も注目されている分野の一つは、民主主義制度内における政治行動への遺伝的変数の影響である。人間の政治行動は、社会行動や経済行動と同じように、先天的影響を多分に受けている可能性がある。

人間の政治行動、更には民主主義制度内における意思決定と先天的な遺伝子とが密接に関係している、という主張に対して、違和感を覚えるかもしれない。おそらくその違和感は、メリアム(1925年)が「本当の政治学の研究は心理学というよりも生物学や神経学に関係しているのではないのか」と述べてはいたものの、現在までに、政治学において提出された仮説のほとんどは後天的な変数を扱ったものであり、政治行動が既に遺伝的に決定されているという前提で構築された仮説はほとんどないためかもしれない。あるいは民主主義という比較的新しい政治制度と、遺伝子という生来的なものが果たして相関関係あるのかという疑問も当然わくことだろう。根源的メカニズムと、民主主義といった至近メカニズムとの間の齟齬が存在すると思う方が自然である。

このように違和感を覚えるアプローチではあるが、近年、データも整い、このアプローチを用いた仮説も散見され始めている。その中でも、遺伝子を共有する双子のデータを用いた研究、および人間が持つホルモンと神経伝達物質の多寡が政治行動に影響を与えているかもしれないとする研究の2つは特筆に値する。

第一に、双子のデータを用いた研究である。先天性がどの程度政治行動に影響を与えているのかを調べるには双子のデータは有効である。双子には100%遺伝子を共有する一卵性双生児と50%遺伝子を共有する二卵性がある一方で、それらの双子が同じ環境で育った場合と、離れ離れになり異なった環境で育った場合の2つが考えられる。両者から2×2の4通り考えられるところ、従来の政治学の見地に立てば、双子といえども、異なった環境に育てば、政治行動という従属変数とは相関関係がないということになるし、他方、先天性が重要とする立場に立てば、異なった環境に育ったとしても、双子の政治行動は同じであり、更に二卵性よりも一卵性の双子の方が、同じような政治行動をとる傾向があるとの仮説を立てることができる。

双子のデータを用いた研究の中で重要なものは、ヒビングとアルフォードらを中心としたグループ(2004年、2005年)の政治行動に関する研究である。特に2005年にAPSR誌に発表された論文は、当時の編集長シーゲルマンが「APSR誌がかつて出版した論文の中で最も重要なものの一つ」との評価を与えたほどである。[xiv] ヒビングらは被験者千七百人余りの双子に対して行った調査を用いて、政党選好、政治イデオロギー、国家政策等に関する政治態度について後天的要因かあるいは遺伝的要因のどちらがより多く影響を与えているかの分析を行った。その結果、多数の項目において後者が前者を上回るものとなったが、特に政治イデオロギーの保守かリベラルかの基軸で考えると、遺伝的要因に顕著な影響が見られたとしている。

投票参加と先天性の関連性に関する研究も行われている。従来の政治学は投票参加に影響を与える独立変数は、プルツァー(2004年)が指摘するように、収入、所属機関、宗教、政治知識、年齢、家族構成、教育程度等といった30あまりの後天的な変数であり、先天的な変数としては、せいぜい性差といったもののみであった。

ファウラーらのグループやハテミらのグループは投票参加について遺伝的要因を独立変数として仮説を立てている。ファウラーら(2007年)は、ロスアンジェルス地区の双子のデータを用いて、先天性、共有する環境、共有しない環境の3つのカテゴリーから投票参加との関連性を分析したところ、先天性が最も有力な変数であることが分かったとしている。また同じ論文において、全米規模の健康に係わる追跡調査の中で、双子に関するデータを抽出して、同様に投票参加に関する分析を行ったところ、同じように先天性との有意の関連性を認めた。ただし、ハテミら(2007年)は豪州の双子のデータを用いて同様の関連性を検討したところ、投票行動に対して先天性が単独で強い影響を与えているとは認められないとしつつ、社会階級や教会への所属といった環境的要因との関係しながら影響を与えると述べている。

当該研究者は、先天性と政治行動との関連性について、生まれか育ちかといった伝統的論争、あるいは先天性が政治現象のすべてを決定するといった遺伝子決定主義でないことを強調している。先天性とはあくまでも、政治現象に対して脳からメッセージが伝達され、それが政治行動を引き起こす要因の一つであって、先天性に係わる政治行動は、行動の基本的アルゴリズムに影響を与えるだけで、外的要因によっては、その行動に差異が生じるということである。たとえば、両親が、ある特定の政党の熱狂的な支持者であるからといって、子供が同じ政党を同じ熱意を持って支持することにはならない。遺伝的にホルモン、脳内神経伝達物質の多寡は決定されても、それが特定の政党支持に至るわけではなく、わが国の例で言えば、先天的に自民党や民主党の支持者になるとかあらかじめ決められているわけではない。先天性とは、ある政党を支持することによって、特定の情動を作動させるメカニズムを提供する可能性が高いということである。革新的な政党のアジェンダは、現状の政策の転換を意味する場合が多いが、その転換の可能性を予測したときに、喜・怒・哀・楽、不安、恐怖、期待感等の情動や感情のどのスイッチが入るかということであり、そのスイッチの入り方が、双子の研究によって明らかになりつつあるように、同じ遺伝子を共有している場合には、同じになる傾向が高いということである。

このように考えてくると、遺伝子といった総合的な研究から、テストステロンやエストロゲンといった男女特有のホルモン、ドーパミンといった神経伝達物質のレベルにまでさかのぼった研究、更にはfMRIによって脳のどの部分が政治現象に対して反応しているのかといった内分泌学や認知科学の分野に立ち入った研究が必要になってくる。たとえば、前述の囚人のジレンマ・ゲームにおいては、リリングらは、脳のどの部分が協力関係を構築しようとする意思機能と連動するのかという問題に対してfMRIを用いて研究(2002年)を行い、前腹方線条体(AVS)と腹内側前頭皮質(VMPFC)と関連が深いことを突き止めた。その後(Rilling et al, 2004年、Wood et al., 2006年)、ドーパミンとセロトニンの役割に着目して、両者がお互い協力しあった結果得られる利得と深い関係があることが分かった。他方、クナフォらのグループ(2007年)はヴァソプレッシンについて研究を行い、ヴァソプレッシンが人間同士の信頼に係わっていることを検証している。前述の最後通牒ゲームにおいてもホルモン等からの研究が進められており、バーンハム(2007年)は、男性ホルモンのテストステロンが多い被験者は、提案者からの提案額が低い場合には拒絶する傾向があるとしている。今後、実験結果を踏まえて、有権者の投票参加、投票方向等と、内分泌学的変数との相関関係を検証する研究が行われるものと期待される。

 

3-3 紛争と根源的メカニズム[xv]

 

考古学および人類学の長足の進歩を受けて、狩猟採集時代のホモ・サピエンスの行動形態が明確になりつつある。その中でも、部族間の紛争についてデータも整いつつあり、それらによれば、ホッブスが『リヴァイアサン』で描いたような「万人の万人に対する闘争」によって、人間は「孤独で、貧しく、危険で、野蛮で、短命である」とした自然状態に近いとのコンセンサスができつつある。狩猟採集時代にヒトが平和的に共存していたというイメージは明らかに間違いであり、紛争の原因が食料あるいは異性の獲得のどちらにせよ、部族間の武力衝突は日常的に発生していたようである。20世紀では1億人以上の人々が戦争によって生命が失われて前代未聞の出来事であるかのように捉えることもできようが、根源的メカニズムから考察すると、人類学者キーリー(1996年)が次のように述べているように、狩猟採集時代では人間同士の殺戮は日常茶飯事だったようだ。[xvi]

(一億人という)戦争による死亡者は、国家に分割されたために支払わなければならなかった代価として考えられるが、このすさまじいと思われる数字は、もし世界の人々が小集団、部族、首長制社会によって組織されていたならば、その結果として失われたであろう生命より20倍も少ないのである。典型的な部族社会では、毎年、紛争によって人口の0.5%の生命が失われている。この死亡率を20世紀の地球の人口に当てはめれば、1900年から20億人が死亡する計算になる。(略)原始時代の紛争は、命がけではなかったというのはまったくの空想である。

後期更新世・初期完新世において(石器という殺傷度の低い武器であったが)武力衝突によって小集団が頻繁に消滅したという事実は、国際政治を専門とする政治学者に2つの重要な研究視座を提供してくれる。

まず、ヒトの進化過程において人間同士が命がけで戦う紛争が頻繁に発生していたならば、紛争における行動を織り込んだ遺伝子が組み込まれた可能性がある。紛争が頻繁であり、勝利した場合に得られる利益、負けた場合に失われるコストの両者ともに多大であれば、戦争に勝つための遺伝子が組み込まれているはずである。たとえば、ボールズ(2006年)は、自分が所属する集団が武力衝突によって消滅する確率と、自分の生命を犠牲にしてでも紛争に参加することによって自分の生殖機会を失う確率とを比較したところ、人類学者が推定するような頻度で紛争が発生していたとするならば、遺伝子レベルにおいて、紛争における利他行動、つまり自分の生命を賭してでも血縁関係の深い集団を救おうとする遺伝子が進化過程で組み込まれていったことを数学的に証明している。

問題となるのは、いつ戦闘時の利他行動モジュールが作動するかであるが、アトラン(2003年)らの自爆テロの研究、スマーノフら(2007年)の「ヒロイズム」の研究が示すように「集団の消滅の危機」にどう対処するかが分岐的な(critical)要因である。アトランは、自爆テロは所属する集団が消滅という危機に直面していると認識した構成員がとる合理的で自発的な行動であると分析している。スマーノフらは、集団存続のために自分の生命を犠牲にする行為をヒロイズムと定義して、集団の消滅の危機を前提とした上で、紛争という公共財を提供する場合に「ただ乗り」ができないような分岐点において、ヒロイズムの心理メカニズムが作動することをシミュレーションによって実証した。このアプローチをとる学者の中には(Johnson, 2006年)、「過剰自信」(overconfidence)を促すとされるテストステロンと紛争との因果関係を模索するグループもいる。

第二に、現代社会では国際紛争が「比較的」少なく、紛争の伴う死亡者が圧倒的に少ないという事実を前提にすれば、現代においてどういうメカニズムが武力衝突を減少させてきたのかという因果関係を研究する必要がある、ということになる。従来の国際関係学では、どのような原因が戦争に至らしめるのかという前提で仮説が提示されているが、根源的メカニズムからすれば、むしろ逆に、どのようなメカニズムが戦争を減少させてきたのかという発想から仮説を提示されるべきである。キーリーが上記で述べているような「国家」という統治システムなのか、それとも民主主義という政治体制なのか、グローバル化や貿易による相互依存なのか、国連や世界銀行を中心とした国際機関、さらには国際的に活動する非政府組織なのか、これらの因果関係を模索する必要性がある。平和に寄与する新しい答えを探すのではなく、既に答えは存在しているという発想の転換が必要である。[xvii]

 

4.              進化政治学の可能性と限界

 

公共選択理論がそれに先立つ帰納的手法のアンチテーゼとして経済学の手法を借りて発展してきたように、進化政治学も同様に、公共選択理論へのアンチテーゼとして、進化学から手法を借りて政治学に影響を与えようとしている。しかし、現在のところ、有効な仮説は政治学を席捲するほどには至っていない。たとえば米国政治学会の分科会は50近くに分かれていているが、各々の分科会では分析手法も新旧交錯し、学際的なものも多く、研究とする対象も個人レベルから国際レベルまで多様であるのが現状であり、進化政治学はあくまでも政治学理論の中の一つのアプローチに過ぎない。

本項では、進化政治学に係わる問題点について3点述べたい。第一に、データ不足である。後天的なデータは、実験やアンケート調査等により比較的入手が容易であるのに対して、先天性に係わるデータの入手は非常に困難である。たとえばテストステロンやエストロゲンがどのように政治行動へ影響を与えるのかという研究を行うためには、伝統的な政治学の変数に加えて、被験者からホルモン量を独立変数として採取する必要がある。先天性と政治学の間に関係があると考えたとしても有効な仮説を提示するためには、後天的データの入手努力以上のものが求められるのに加えて、サンプル数にも限りが出ることから、信頼性(reliability)と妥当性(validity)に関して疑義が呈されることになる。

第二の問題点は、至近メカニズムと根源的メカニズムの整合性の問題である。現在の政治現象という至近メカニズムについては仮説という形でその妥当性に対して検証を行うことができる。しかし、根源的メカニズムは、化石、人骨、DNA等による考古学、人類学、遺伝学上の推測に過ぎず、政治学上の仮説が根源的メカニズムに即して整合性があるのかという検証は難しい。一例を挙げれば「人間は、合理的判断の結果として、直接的に影響を与えない政治に関する知識に対しては、充分に持たない傾向がある」といった「合理的無知」(rational ignorance)仮説に対して、至近メカニズムから検証を行うことはできるが、狩猟採集時代にどのような知識を持ち合わせていたのかということは遺伝子研究等からの推測に過ぎず、データを用いて検証することはできない。この点、根源的メカニズムの重要性を認識したとしても、その有効性については問題が生じることになる。

第三点目としては、利他行動と利己的行動の作動メカニズムである。進化政治学者が主張するようにわれわれの遺伝子の中に利他行動を促すシステムが存在するとしても、その利他的な遺伝子がいつ、どこで、どのような状況において作動するのかそれともしないのかについて、明確な答えを用意していない。明確な答えがない以上、人間の行動を分析する時に人間の行動はアドホックなものとして捉えることになる。進化政治学者が、利他行動をとるメカニズムを遺伝子レベルで存在するが、いつ作動するのかは分からない、というのでは、説得力のある仮説を提示することはできない。

ただし、上記の問題点は致命的欠陥というよりも、新たに提唱されたアプローチの萌芽期において必然的に生じる問題であり、有効な仮説の蓄積とともに解決される問題であると考える。データと仮説の蓄積は、進化政治学のみならず、進化心理学や進化生物学、広くは考古学、人類学、遺伝学等からの発展によっても可能であるため、相乗効果が期待できる分野ではある。

 

5.              終わりに

 

進化政治学の意義を再確認したい。現時点での政治学における意思決定分析は経済学的合理性を前提として議論する観点が有力であり、個人の先天性と個人を取り巻く環境は未分化のまま(たとえば両親からの影響として)議論されているが、進化政治学は、これを分化させることによって分析していくという意義を持つ。[xviii] 特定の政治制度内外における政治行動を遺伝的変数から検証できるという意味で、政治学のさまざまな分野のテーマを、先天的要因を基軸として、問い直すことが可能かもしれない。[xix]

最後に政治学と根源的メカニズムとの関連について述べ、本稿を終了する。政治学の研究対象であるホモ・サピエンスは地球の誕生から見ればほんの瞬き程度の間に誕生したという事実、またホモ・サピエンスが誕生してから一万五千世代未満、農耕社会が開始されてからは8百世代程度、産業革命以降では20世代、さらに第二次大戦後ではほんの数世代を経ているに過ぎないという事実を踏まえて、政治学者はこれから半永久的に続く進化の過程における一瞬の出来事について分析しているという自覚を再確認することが必要である。特に政治学の仮説の多くは第二次世界大戦後の数十年にかかわるデータに基づいたものがほとんどであることからして、進化過程の視座から検討し、根源的メカニズムとの整合性から裏づけをとることができるものであれば、数世代から数千世代に有効な仮説となりえる、という進化政治学者の主張を真摯に受け止める必要はあろう。

 

 

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6.              文末脚注

 



[i] Association of Politics and the Life Sciences(政治と生命科学の学会)は1980年に誕生し、1981年に米国政治学会から分派し設立されたもので、その経緯はハインズ(1982年)の論文に詳しい。

[ii] 前述の二つの政治学会を念頭に置いている。

[iii] Carmen2006年)は「満足化」や「限定合理性」の概念は、進化学から再構築が可能であるとしている。

[iv] 詳しくはBarkow ら(1994年)における Tooby & Cosmides の論文。

[v] 情動・感情の進化についてはNesse1990年)に詳しい。

[vi] Proximate Mechanismは「直接的メカニズム」あるいは「至近メカニズム」と呼ばれ、日本語訳は一定していないが、ここでは「至近メカニズム」と訳すことにしたい。Ultimate Mechanismは「根源的メカニズム」の他に、「根本的メカニズム」、「究極メカニズム」あるいは単に「進化メカニズム」と日本語訳される時もある。

[vii] 1980年代から90年代前半のオーベルらのグループが行った被験者を使った実験で確認している。その結果の主なものには、Mulford1998)、Orbell1991, 1984)、Dawes1986)、van de Kragt1983)等があるが、どの実験においても20%~50%の被験者が協力を選択している。この数字については、別途オーベル氏本人の確認も得ている。囚人のジレンマ、ステップレベルゲームのいずれにおいてもこの数字の範疇である。カーネマン・トゥヴースキーのプロスペクト理論が指摘するように、損失の枠組みでは協力を選択する被験者は少ないことも承知している。

[viii] たとえばBoehm1999年)が挙げられる。

[ix] 行動論主義の場合、誕生以来いくつかの分析手法的な改善が見られて現在に至るとするBondの論文(2007年)を承知している。

[x] Alfordら(2004年)は、人間は根源的に利己的な非協力的な動物ではなく、「用心深い協力者」(wary cooperator)と呼んでいる。

[xi] Orbell 2003年)はタカ・ハト・ゲームを用いて同様の理論を展開している。

[xii] このゲームの実験はGuthら(1982年)が先駆的役割を果たした。

[xiii] 数字についてはCamerer2003年)を参照。

[xiv] Sigelman2006年)173頁。

[xv] 両者の関係について研究を行った初期的な試みとしてはThayer2004年)がある。

[xvi]  Keeley1996年、9394頁)。またLeBrancら(2003年)等、狩猟採集時代の紛争を研究する人類学者はおおむね同様の立場をとっている。

[xvii] なお、国際政治学を研究する学者の中でボールディングやモデルスキーは「進化」という言葉を使い長期的な政治・経済体制や社会の変容を分析しているが、システム、構造、社会といった人間が作りあげたものは「進化」することはなく、「進化」という用語を不適切に用いているに過ぎない。「進化政治学」と根本的に異なるものであり、範疇には入らない。

[xviii] 比較政治学の分野では、政治行動形態に差異が見られる時、伝統的には文化的・社会的慣習や規範、政治制度等の違いによってもたらされるとする立場から主に研究が行われてきたが、進化政治学者は遺伝的要因の違いによっても引き起こされるのではないかと考えている。しかしながら、現在までのところ、このような差異を遺伝的要因から比較研究したものは皆無である。

[xix] 進化政治学は、数千年程度では変えることができないヒト特有の先天性(species typicality)と過去数千年間ヒトによって作り出されてきたさまざまな政治体制との間の整合性、つまり両者の間で適応齟齬をきたしているのかいないのか、適応齟齬をきたさない政治体制とは何か、を問うことができる、という点でも政治学的に発展性がある。